大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)474号 判決

控訴人 伊藤忠弘

被控訴人 鈴木正康

主文

本件控訴を棄却する

原判決を左の通り変更する

控訴人は津島市大字津島字良王六十九番田七畝十三歩、同所七十一番田四畝一歩につき愛知県知事に対し之が被控訴人への所有権移転の許可申請手続をせよ

控訴人は被控訴人に対し右知事の所有権移転の許可あつたときは右土地につき売買に因る所有権移転登記申請手続をせよ

被控訴人その余の請求を棄却する

訴訟費用は第一、二審を通じ之を二分し、その一を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、尚当審に於て請求の趣旨を拡張し、従来の請求に追加して「控訴人は被控訴人に対し愛知県知事の所有権移転の許可あつたときは本件土地につき売買に因る所有権移転登記申請手続をせよ。控訴人は被控訴人に対し金二百万円を支払え」との判決を求め、控訴代理人は右所有権移転登記手続の請求に対し本案前の判決として訴却下の判決を求め、右請求及び金員請求に対する本案の判決として棄却の判決を求めた

当事者双方の事実上の陳述は次に記載する外は原判決事実摘示と同一であるから之を引用する

被控訴代理人は追加的請求の原因として、(一)本件土地につき愛知県知事の被控訴人への所有権移転の許可あつたときは、控訴人は売買に因る所有権移転登記手続をなすべき義務が生ずるから控訴人は被控訴人に対し知事の許可を条件として右登記手続をなすべきことを予め求める。(二)被控訴人は本件土地につき株式会社協和銀行に対し昭和二十九年三月一日債権極度額金七十万円、同年十一月二十五日債権極度額金三十万円の各根抵当権を設定し、訴外伊藤忠商事株式会社に対し昭和二十八年十一月二十五日債権極度額金百万円の根抵当権を設定し、尚昭和二十九年十二月二十七日右会社との間に代物弁済予約による移転請求権保全の仮登記をなした。従つて、将来控訴人が右債務を弁済しないときは控訴人は本件土地の時価金二百万円の損害を受けるに至るから本訴に於てその損害賠償として金二百万円を本来の請求に併せて請求すると述べ

控訴代理人は本案前の答弁として被控訴人の請求の趣旨拡張の申立は新訴として提起すべきものであつて訴の拡張として申立てることは許されないから訴却下の判決を求める。本案の答弁として、控訴人が被控訴人主張の通り本件の土地に根抵当権を設定したこと、被控訴人主張の通り仮登記をなしたことは認めるが、根抵当権により担保せられる債務の現実の数額は不明であり、本件土地の時価が金二百万円であることは否認すると述べた

〈立証省略〉

理由

(一)  被控訴人の愛知県知事に対し所有権移転の許可申請手続を求める請求に対する判断は原判決理由欄に記載してあると同一であるから之を引用する

(二)  被控訴人が当審に於て申立てた登記手続を求める請求について判断するに、先ず右申立に対する本案前の抗弁について考察すれば、本案の請求の外に新しい請求を追加的に申立てることも請求の基礎に変更のない限り口頭弁論の終結に至る迄許されるところであり、固より控訴審に於ても許さるものであるが、本件に於ては控訴人被控訴人間の本件土地を売買するという契約の存在を基礎として、本来の請求は県知事に対し所有権移転の許可申請手続のみを求めていたのを新にその許可あつたときに登記手続を求めるという請求を追加したに止まり、その請求の基礎は同一であることが明かであり、しかも之がため著しく訴訟手続を遅延せしめるものではないから、本件請求の拡張申立は適法であつて、控訴人の本案前の申立は採用することができない

本案につき按ずるに、控訴人が愛知県知事に対し本件土地を被控訴人へ所有権移転することの許可申請手続をなすべき義務があることは前示の通りであつて、その許可申請手続があつたとき、知事は固より農地法等法令の定めるところにより許可不許可を決定すべきものであるが、将来知事の許可があつたときは控訴人は本件土地につき控訴人に対し所有権移転登記手続をなすべき義務が発生するものであつて、かかる場合にも本訴提起の経緯より見れば控訴人に於て右登記手続に応じない虞があるものと言うべきであるから、現在に於て知事の許可を条件として控訴人に対して右登記手続をなすべきことを求める必要があるものと断ずべきである。依て被控訴人の右請求を正当として認容すべきである

(三)  被控訴人の金二百万円の損害賠償請求につき按ずるに、被控訴人は知事に対する許可申請手続の請求と併せて本件土地所有権侵害による損害賠償を請求するというのであるが、被控訴人の本件土地に対する所有権は知事の許可があつて始めて実現するものである。然るに、前示の通り、知事に対し許可申請手続をなすも、知事は許可するや否やの裁量権限を有するものであつて、許可されるや否やは現在に於て未確定の状態にある。従つて、被控訴人の本件土地に対する所有権は未だ期待権の範囲を出でずして、未発生のものと言うべきである。かかる未発生の権利に対しては、仮令将来権利発生の暁に於て権利侵害に因る損害が発生するとしても之を事由として、現在に於て即時にその損害賠償を請求することはできないところである。のみならず、事実関係から言つても、控訴人が本件土地につき被控訴人主張の通り根抵当権を設定したことは控訴人の認めるところであるが、右根抵当権の設定登記を経由したことは控訴人の主張立証しないところであるから、右の如き根抵当権設定契約のあるのみの事実では之を以て控訴人等の第三者に対抗するに由なく、従つて、その根抵当債務を弁済しないからと言つて控訴人に損害を蒙らしめるものと言い難く、又本件土地につき被控訴人主張の通りの仮登記のあることは控訴人の認めるところであるが、それは仮登記たるに止まり、被控訴人は現在に於ては未だそれにより地価相当の損害を蒙つたものと言うことはできないから、今直ちに本件土地の時価を損害賠償として請求することを得ない。依て、右金二百万円の損害賠償を求める請求は失当として棄却すべきものである

以上により、(一)の請求につき之を正当として認容した原判決は相当であつて本件控訟は不当として棄却すべきものであるが、当審に於て(二)、(三)の請求につき拡張の申立があり、(二)の請求を認容し、(三)の請求を棄却すべきこととなつたために、此の点に於て原判決と一致しなくなつたから之を変更すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条を適用し、主文の通り判決する

(裁判官 北野孝一 伊藤淳吉 小沢三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例